
会計に詳しくない人からすると、「書面添付制度」などと言われても一体何のことか分からないかもしれませんね。
もともと以前から税理士法においてこの「書面添付制度」は存在していましたが、平成13年の税理士法改正によって、その効果が拡充される事になりました。
書面添付制度を利用する事で、「いきなり税務調査にはならない」「税理士の責任の所在が明確となる」などといった利点があり、法改正後にはこの書面添付制度の利用拡大が期待されたようですが、改正から20年近く経過した現在においても、それほど書面添付制度の利用割合は高まっていません。
広まらないからにはそれなりの理由があるのですが、一部の税理士においてはこの書面添付制度を増やそうという動きもあります。
そこでこの記事において、この書面添付制度を利用する上で、どのようなメリットやデメリットが存在するかについて考えてみようと思います。
目次
書面添付制度とは
まず、「書面添付制度とは何なのか?」という事で、この書面添付制度の大まかな内容についてご説明しましょう。
冒頭でお伝えした通り、この書面添付制度はかなり昔からあり、平成13年の税理士法改正によって新たに誕生した制度ではありません。
これは税理士法の「第33条の2」と「第35条」の内容を総称したものであり、第33条の2においては書面添付制度の規定が、第35条においては税理士に対する意見聴取制度について規定されています。
平成13年の税理士法改正においては、この第35条の意見聴取制度において大幅な変更があり、これによって「税務申告書と一緒に、ある一定程度の内容を満たした書面が添付」されていれば、「いきなり税務調査は行われず」、税務署はまず「税理士から意見聴取しなくてはならない」事となりました。
ですから極端な話、税理士に対する意見聴取で疑義が解消されれば、そのまま税務調査は行われなくなるという事になります。
ちなみに、この意見聴取の対象となる税理士は、税理士法第30条に規定する「税務代理権限証書」を提出している税理士のみが対象となりますからご注意ください。
ポイント
- 税務書類と共に、必要事項が記載された書面を添付すれば、いきなり税務調査は来なくなる(一部例外あり)。
- 税務署は、基本的にまず税理士に対して意見聴取をしなくてはならなくなる(一部例外あり)。
- 意見聴取で疑義が解消すれば、税務調査は行われない。
- 「税務代理権限証書」を提出している事が前提。
利用率は、かなり少ない
いきなり税務調査にならず、しかも税理士への意見聴取だけで調査が行われない可能性もあるのですから、かなり便利な制度だといえますよね。
しかし、実際にはこの制度の利用率はかなり低く、法人税の申告に限って言えば毎年10%を下回っています。
ちなみに、この書面添付制度は様々な申告において利用する事ができ、代表的なものとして「所得税の申告」「法人税の申告」「相続税の申告」などが知られています。
この中でも最近利用率が高まっているのが「相続税の申告」で、相続税の申告を専門に取り扱っている税理士事務所などは「当事務所では、書面添付制度が利用できますから、税務調査においても安心です」などと宣伝している事務所も増えているようです。
下の表は、それぞれの申告における書面添付制度の利用率。
上記を見ると、相続税申告における添付割合が年々増加している事が分かりますが、法人税・所得税の申告は毎年ほぼ横ばいとなっています。しかも、所得税の申告限って見れば、毎年1%程度の添付しかありませんから、確定申告においてこの書面添付制度を利用する人はほとんど皆無であることが分かります。
書面添付制度のメリット
法人税や所得税の申告において利用割合が伸び悩んでいる書面添付制度ですが、相続税においては年々利用率が増えていますから、それなりのメリットがあると考えられます。
それではここで、この書面添付制度を利用する事によるメリットについて見ていきましょう。
税務調査が省略される可能性がある
まずは前述したように、「税務調査が省略される可能性がある」という事。
税務申告時に一定の内容が記載された書面を添付する事で、その申告内容に疑義が生じた場合には、税務署はいきなり税務調査を行う事ができず、原則として税務調査前に税理士に対してヒアリングを行わなくてはいけません。
そこで疑義が解消されれば税務調査が行われなくても済む事になりますから、税務署、納税者、税理士にとっても便利な制度だと言えます。
ただし、あくまで「省略される可能性がある」というだけで、必ず省略される訳ではありませんのでご注意ください。
加算税が免除される可能性がある
次のメリットが、書面添付制度を利用しておけば「加算税が免除される可能性がある」という事。
従来の国税の考え方としては、「個別・具体的な非違事項の指摘に至った場合には、加算税の問題が生じ得ることに留意する」とされていましたが、2013年1月の改正国税通則法の施行に伴って、「意見聴取における質疑等のみに起因して修正申告が提出されたとしても、国税通則法第65条第5項でいう「調査があったことにより」という要件を満たさない」という見解になりました。
ですから、仮に意見聴取によって納税者側から修正申告を提出したとしても、加算税が課される事は原則として無いという事です。
ただし、加算税が免除されても延滞税(税金の遅延利息)は免除されないのでご注意ください。
金融機関によっては、優遇金利などのサービスも
そして最後が、「金融機関によっては、優遇金利などのサービス」を提供している場合があるという事。
全ての金融機関ではありませんが、例えば仙台銀行などでは「書面添付応援ローン」と銘打って、「担保不要」「保証人不要」「融資手数料免除」といったサービスを提供しています(ただし、TKCモニタリング情報サービスを利用している事が前提)。
優遇金利なども嬉しいですが、何よりも「担保不要」「保証人不要」というのはかなり有難いですよね。
現在、日本国内において中小企業などが銀行借り入れを行う場合、必ずと言って良いほど「経営者に対する個人保証」を求められることになります。
これは世界的に見ても異質な文化であり、事業承継の妨げにもなっているため金融庁なども問題視しています。そこで、日本商工会議所と全国銀行協会が「経営者保証に関するガイドライン」というものを自主的に策定しましたが、それに拘束力はなく、あくまで「努力規定」といった程度です。
しかし金融機関によっては、このガイドラインを基にして書面添付制度を利用している場合には、借り入れにおいて経営者による個人保証を不要と考える動きも出始めています。
ホームページなどでは大々的に宣伝していませんが、税理士などに対してのみ告知している場合がありますので、一度直接銀行に問い合わせるか、顧問税理士に尋ねてみては如何でしょうか?
書面添付制度のデメリット
ここまで読むと良い事ばかりのように思える書面添付制度ですが、それなりのデメリットも存在するというのが実態です。
インターネットで「書面添付制度」と検索するとメリットばかりを強調したものが目立ちますが(特に、相続税専門の税理士HP)、デメリットについてはあまり触れられていませんよね。
そこで以下において、書面添付制度を利用する事によるデメリットについても見ていきたいと思います。
「無予告調査」は対象外
まず、この書面添付制度は全ての場合においていきなり税務調査にはならない訳でなく、例えば「無予告調査」においては対象外となるのです。
無予告調査とは、いわゆる「アポなし調査」であり、「調査予告をすると資料を破棄される恐れがある」場合において例外的に認められる調査手段です。
実際、国税庁のマニュアルにおいて「無予告調査を実施する場合には、事前通知前の意見聴取を行う必要は無い」と明記されているため、なんでもかんでも「まず税理士にヒアリングしなくてはならない」とはいかないのです。
また、この無予告調査を「出来る・出来ない」の判断基準は明確ではなく、むしろ恣意的に税務署が判断する事も可能となります。
一般的に、相続税の調査において無予告調査はあまり現実的ではなく、法人税や所得税の申告において発生する可能性が高いですから、この事からも法人税・所得税の書面添付が進まない原因となっているのかもしれません。
一度提出したら、毎年継続しないと怪しまれる?
次が、「一度書面添付を行なったら、毎年継続しないと怪しまれる可能性がある」という事。
これは、税務署職員の立場になれば分かりますよね。
昨年度は書面添付を行っているのに、今年度の申告で書面添付がなければ「あれ?」となるのが通常かと思います。その行為に他意はないにせよ、イレギュラーの事象に対して人間は疑いを持つはずです。
ですから、税理士としても「一度は提出したけれど、業務的に負担になるからやーめた」とはいかないのです。
ちなみに、会計ソフトで有名なTKCなどは、「TKC会計人の行動基準書」というものの中で以下のように触れています。
会員は、税理士法第33条の2に定める書面添付制度が、税理士の職業専門家としての信頼に基礎を置くものであることを理解し、会員が計算し、整理し、または相談に応じた事項を記載した書面を申告書に添付する事を積極的に実践しなければならない。
上記を読むと、むしろTKC会員においては「書面添付をするのは当たり前だ」という考えだという事ですね。
ちなみに、相続税の申告は1回きりであるため、こうした「継続的に添付しなくてはならない」事について心配する必要もありませんから、相続専門の税理士などがホームページなどで「当事務所は、書面添付制度に100%対応しています」などと宣伝しているのも頷けますよね。
また同様に、前述した「無予告調査」の心配もほぼありませんから、今後も相続税申告における書面添付の割合は増えていくものと考えられます。
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問題が生じた場合、税理士が懲戒処分の対象になる事も
そして最後のデメリットが、「問題が生じた場合、税理士が懲戒処分の対象になる事もある」という事。
書面添付制度とは、税務申告の代理を行った税理士が「この決算書は大丈夫ですよ」と、いわば「お墨付き」を与える行為ですから、その決算において不正な処理が行われていれば、書面を添付した税理士は「懲戒処分の対象」となる可能性があります。
必ずしもそうなる訳ではありませんが、内容によってはなり得る可能性がありますから、税理士側からすればわざわざ危ない橋を渡りたくないというのが本音でしょう。
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仮に、税理士が決算内容をチェックして問題が無かったとしても、クライアントである納税者が税理士でも気付かない細工をしていれば、後にそれが発覚した場合にその税理士の責任が問われるという事です。
もちろん、そのような事をするクライアントは少数でしょうし、何処まで行っても税理士とクライアントの信頼関係の問題となるのでしょうが、この点に関しては意見の分かれるところかもしれません。
まとめ
前述したTKCのように、「書面添付制度は特別な業務ではなく、むしろ税理士が日常的に行うべき業務だ」と考える人もいるでしょうし、むしろその逆だと考える人もいるでしょう。
様々な考え方があって然るべきだと思いますが、しかし少なくとも、メリットの部分でもお伝えしたように「金融機関における優遇措置」などもあるのですから、税理士の方々にはクライアントに対し「書面添付制度というものがあり、こんなメリットがありますよ」と、最低限の情報くらいは伝えて頂けたらと思います。
その上でデメリットについても話し合い、「じゃあ、次回申告から添付してみましょうか」とか「ちょっと自信が無いから、ウチはやめておこう」などと、お互い納得した上で選択するべきだと言えるでしょう。
例えば近年、中小企業の事業承継がなかなか進まない事がクローズアップされており、黒字であるのに廃業する企業も増えています。
その理由は様々ですが、事業承継においては、法人借り入れにおける「経営者の個人保証」がしばしば問題となるようです。前任社長の個人保証が外せなければそもそも事業承継は出来ませんし、後継社長としても出来れば多額の借り入れに対する保証人にはなりたくないと考える事でしょう。
そこでその会社の顧問税理士が金融機関に対し、「この書面添付制度を利用する事で、経営者の個人保証を外せないか?」などと交渉する事も可能かもしれませんよね。
昔に比べて税理士に対する要望も多様化していますから、例えば今後、こうした保証業務に力を入れる税理士が増えていっても良いのではないでしょうか。
現在顧問契約をしている税理士に「書面添付制度を活用したい」と申し入れたとして、その税理士が難色を示すようであれば、いっそのこと顧問契約を解除して新しい税理士を探すというのも一つの手です。
税理士の探し方について知りたい方は、こちらの記事を参考にしてみて下さい。
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