
これまで、従業員が5人未満の小規模な個人事業所や一部の業種においては、厚生年金が適用対象外となっていました。
つまり、これまでこういった個人事務所で働く人々は、国民年金に加入するしか方法が無かった訳ですが(例外あり)、厚生労働省は今回、2019年11月13日に行われた有識者会議の中で、「適用範囲の見直し」を提言しています。
その中で、「士業の個人事務所」を厚生年金の適用対象とする方向で話を進めているようです。
そこでこの記事では、士業の個人事業所における厚生年金が、今後どのような取り扱いになるかなどについてお伝えしようと思います。
目次
これまでの厚生年金の取り扱い
まずは、これまでの厚生年金の取り扱いについてから。
現行制度においては、法人であれば業種や従業員規模にかかわらず、その全てが厚生年金に加入する必要がありました。これを「強制適用事業所」といいます。しかし個人事業の場合には、法律で定められた16業種のいずれかに該当し、かつ常時5人以上の従業員を雇用する事業だけが「強制適用事業所」とされていました。
この16業種を「法定16業種」と呼び、この法定16業種以外の業種であれば、仮に従業員が5人以上であったとしても、厚生年金の対象とはなりません。
イメージとしては以下のようになります。
- 物の製造、加工、選別、包装、修理又は解体の事業
- 土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体又はその準備の事業
- 鉱物の採掘又はその準備の事業
- 電気又は動力の発生、伝導又は供給の事業
- 貨物又は旅客の運送の事業
- 貨物積みおろしの事業
- 焼却、清掃又はと殺の事業
- 物の販売又は配給の事業
- 金融又は保険の事業
- 物の保管又は賃貸の事業
- 媒介周旋の事業
- 集金、案内又は広告の事業
- 教育、研究又は調査の事業
- 疾病の治療、助産その他医療の事業
- 通信又は報道の事業
- 社会福祉法に定める社会福祉事業及び更生保護事業法に定める更生保護事業
- 第一次産業 - 農業、林業、漁業など
- 接客娯楽業 - 旅館、飲食店など
- 法務業 - 弁護士、税理士など
- 宗教業 - 寺院、神社など
- サービス業 - 飲食店、理美容店など
- その他
上記からも分かるように、これまで弁護士や税理士などの個人事務所は法定16業種以外とされていましたから、仮に従業員が5名以上だったとしても「強制適用事業所」とはなりませんでした。
今回の厚生労働省の動きは、簡単に言えばこれまで法定16業種とされていなかった士業について、適用対象となるように変更しましょうという内容となっています。
なぜ、士業が適用対象となるのか?
それでは、そもそも「なぜ、士業が今回適用対象として検討されているのか?」について。
前述したように、法定16業種以外であれば、仮に従業員が5名以上であっても厚生年金の適用事業所とはなりませんでしたが、今回の動きとしては士業のみを狙い撃ちにしています。
では、その理由についても見ていきましょう。
個人事業における従業員5名以上の事業所が多い
まずは「士業の個人事業における従業員5名以上の事業所が多い」という事。
法定16業種以外の業種としては、第一次産業をはじめ様々な業種が存在しますが、それらの業種における個人・法人の比率を見ると、圧倒的に士業における個人事業の比率が高くなっています。
また更に言うと、士業の全事業所における「個人事業で、かつ従業員5名以上」の事業所の比率は、2016年の調査時点で全事業所(法人含む)に対し12.3%と、他の業種に比べてもかなり高い数値となっています。
この辺については、特に税理士業界においてその傾向が強く、スタッフ数15名以下の税理士事務所だけで約9割もあると言われています(法人も含む)。詳しくはこちらの記事も参考にしてみて下さい。
一般的にあまりよく知られていない税理士業界ですが、事務所ごとの「規模」や「特徴」などについても同様にあまり知られていないと思います。 税理士に依頼しようと考えている人からすると、「大規模事務所のほうが安心なのかな?それと …
士業を適用対象とすれば、新たに厚生年金に加入する人が約5万人増える事になり、年金事業運営においてもプラスに働くと考えたのでしょう。
士業の経営は安定している
そして次の理由が「士業の経営は安定しているから」という事。
士業の種類にもよりますが、一般的に士業の経営は他の業種に比べ安定しているとされています。
士業経営者からしたら「余計なお世話」と考えるかもしれませんが、今回の厚生労働省内の議論において、士業等が非適用となっていることに対し疑問の声があがったようです。
また、士業であれば事務手続きなども容易に出来るであろうという考えもあるのでしょう。
今後も士業の法人化は望めない
そして最後が「今後も士業の法人化は望めない」という理由。
法人であれば強制適用事業所となり、簡単に考えれば「士業の法人化を促せばいい」という対策が浮かびますが、士業のほとんどが法律の制約を受けているため、容易に法人化する事が出来ません。
例えば、弁護士や税理士などは数年前から法人化する事が出来るようにはなりましたが、様々な制約(資格者が2名以上など)があるため、そう簡単な話ではありません。
更に言うと、公証人や海事代理士などは、現時点(2021年1月時点)においても法人化を認められていない事から、今後、士業の法人化が増える可能性は低いと言えるでしょう。
もちろん、今後それぞれの法律が改正されれば法人化する事業所も増えるかもしれませんが、それを待つよりも、年金制度改革を先に行った方が早いという事でしょうね。
今回対象となる士業
世の中には「士業」と呼ばれる業種が様々あります。種類や内容などについて詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてみて下さい。
一般的に『士業』と聞けば、まず最初に弁護士や税理士を想像する人が多い事でしょう。 ただ、士業とはよく使われる言葉ではあるのですが、正確に士業の意味などについて理解している人は少ないかもしれません。 そこでこの記事では、士 …
とは言え、今回新たに対象となる士業は全ての士業ではなく、10の士業を対象としています。
それがこちら。
- 弁護士
- 司法書士
- 税理士
- 公認会計士
- 弁理士
- 社会保険労務士
- 行政書士
- 土地家屋調査士
- 公証人
- 海事代理士
厳密に言うと、公証人を士業に入れるかどうかは難しいところですが、以上の10士業を今回の対象と考えているようです。
今後のスケジュール
現状、今回の見直しはあくまで「案」であるため、ハッキリと決まったわけではありません。
一応、今後のスケジュールとしては、2020年の通常国会に改正法案を提出し、2022年10月からの適用を目指しているようです。
しかし、細かい内容の修正はあるにせよ、確実に決まる方向にあると言って良いでしょう(新型コロナウイルスの影響から、変更となる可能性はあります)。
仮に今回の改正が決定すれば、昭和28年の改正以来、約70年ぶりの改正となるようです(強制適用事業所に関する変更について)。
健康保険は従来のまま
今回の改正は、年金事業を対象としているため、健康保険については従来のままとなります。
士業の個人事業所であれば、国民健康保険に加入するか国保組合に加入するかの選択肢となり、社会保険(協会けんぽ)に変更となる訳ではありません。
今後どうなるかは分かりませんが、今回は年金についてのみの改革となっています。
まとめ
士業の個人事業所に勤務する従業員の方にとっては朗報ですが、経営者の方にとっては頭の痛い内容かと思います。
厚生年金となると事業所負担分もあるため、どうしても経営を圧迫してしまいます。また、仮に強制適用事業所となったとしても、従業員は厚生年金に加入できるものの、事業主本人は加入できない為、あまり嬉しい話ではありませんよね。
今後、その辺も踏まえた内容で改正されれば良いですが、あまり期待もできないでしょうから、それぞれ今から対策を考えておく必要があると言えるでしょう。