
ここ数年の法改正などにより、相続が多くの人にとって身近になりましたが、同時に相続人同士の争いを避けるため、「遺言書」を活用しようという動きも活発になっています。
しかし、これまでの遺言書制度というのは、手続きの煩雑さや費用面、何をどう書いて良いか分からないという点などから、「結局、ズルズルと後回しにしている」という人も多いかと思います。
そこで政府としは、こうした一般的な悩みに対応するため、2020年7月10日から「遺言書の新保管制度」というものを新たに創設しました。
この記事においては、これまでの遺言書の制度と対比させながら、この新しい制度についてお伝えしようと思います。
こちらの内容は、現在相続対策を考えている人だけでなく、税理士や士業の方も知っておいた方が良い内容だと言えるでしょう。
目次
遺言書の種類
遺言は一般的に「ゆいごん」と読む人が多いかもしれませんが、法律上の読み方は「いごん」となります。
ですから「遺言書」も「いごんしょ」と読むことになる訳ですね。
さて、この遺言書ですが、法律的には大きく2種類に分けられる事となり、それが「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」となります。
また、公正証書遺言は更に2種類に分ける事ができ、公証人が内容を確認する「公正証書遺言」と、内容を公証人にも知られる事が無い「秘密証書遺言」とに分けられます。
ですから厳密に言えば3種類となる訳ですが、実務的に言えば「秘密証書遺言」の利用はほとんど稀なため、一般的に選択される方法は「自筆証書遺言」か「公正証書遺言」のどちらかとなります。
※更に厳密に言うと、「特別方式遺言」という類型もありますが、こちらは緊急を要する場合のみの方式ですから、ほとんどの方には関係がありません。
では、それぞれのメリットやデメリットについても見ていきましょう。
自筆証書遺言
まずは「自筆証書遺言」から。
こちらのメリットは、何と言っても「手軽で安価」という点が挙げられます。
他の方法を選択すると、財産の規模によってはかなり高額な費用を請求される事もありますが、こちらは紙とペンさえあれば事が済んでしまいます。
とは言え、全て自筆、すなわち手書きで作成しなくてはいけないので、かなりの労力を必要とします。
ただし、今回の「遺言書保管制度」の新設なども含め、ここ数年で相続関係の法律の見直しがされており、同様に、この「手書きの方法」についても改正が行われました。
具体的には、2019年1月13日以降に作成した自筆証書遺言については、財産目録についてはパソコンで目録を作成したり、通帳のコピーを添付する事が可能となったのです。
しかし、遺言書の本文は従前どおり手書きで作成する必要がある事と、財産目録のコピーにはそれぞれ「署名」「押印」が必要となりますのでご注意ください。
手書きで書かなければいけないというデメリットの他には、「開封時に家庭裁判所の検認が必要」という事と「紛失・盗難・改ざんの恐れがある」という事が挙げられます。
自筆証書遺言の場合は、遺族が勝手に中身を空けてしまうと無効になり、遺言の効力を発揮しません。ですから、必ず家庭裁判所に持ち込んで検認を受けなければいけないという労力が発生します。
また通常、自筆証書遺言の保管においては、自宅や銀行の貸金庫における保管方法が一般的ですが、この方法ですと中身を勝手に開けられて改ざんされたり、紛失したりという恐れもあります。
そこで今回の法改正により、こうした悩みを解決するため法務局において遺言書を保管してもらう事が可能となり、「家庭裁判所の検認」や「紛失・盗難・改ざん」についての対策が充実する事となったのです。
※具体的な内容については、記事の後半で説明します。
- 費用が安価
- 手軽に作成できる
- 内容を作成者以外に知られる事が無い
- 細かい決まりが多く、様式通りでないと遺言書として認められない
- 全て手書きで書く必要がある - 2019年1月13日以降は「財産目録」のみパソコン等で作成可能
- 家庭裁判所の検認が必要 - 新保管制度を利用すれば不要
- 紛失・改ざん等の恐れ - 新保管制度を利用すれば安心
もともとデメリットの多い自筆証書遺言でしたが、今回の法改正により、かなり使いやすくなったと言えます。
ただ、「やっぱり、どうやって書いたらいいか分からない」と悩む人もいるかもしれませんね。そういった方は、「遺言書キット」も販売していますから、まずはこちらを参考にして作成されてみては如何でしょうか。
書き方の説明書(虎の巻)も添付されているので、ある程度の内容には対応できると思います。
公正証書遺言
次が「公正証書遺言」について。
こちらは、全国各地にある「公証役場」において、公証人が遺言者本人から「財産の内容」や「どれを誰に与えるか」などを聞き取り、遺言書を作成する方法です(公証人が出張する事も可能)。
公証人とは、元裁判官や元検察官であった人がそれぞれ退職後に就任するケースが多いため、法律におけるプロ中のプロに任せられるという点からも、安心して利用できるメリットがあります。
また、この方法で作成された文書は公正証書となりますから、法的に有効な書類となり、家庭裁判所の検認を必要としません。更には原本を公証人が保管してくれるため、紛失等の恐れもない事などが利点となります。
ただし、その分費用が高額となり、例えば公証人に支払う費用は、財産の額によって上下するため、場合によっては何だかんだで数十万円程度の費用になってしまう事もあります。
更に、公証人以外に2名の証人が必要となり、この手配や証人に支払う謝礼金なども発生します。
また、公証人や2名の証人は、遺言の中身を必ず確認しますから「ちょっと人に内容を知られたくないな」という場合も使いづらい方法だと言えるでしょう。
- 家庭裁判所の検認を必要としない
- 法的に確実な遺言書を作成できる
- 遺言書の原本を保管してくれるので、紛失等の心配がない
- 費用が高額となり易い
- 証人を2名手配する必要がある
- 公証人や証人に遺言書の内容を知られてしまう
秘密証書遺言
そして最後が「秘密証書遺言」について。
前述した通り、この秘密証書遺言を利用した方法は、あまり利用される事がありません。
作成までの流れとしては、手書きやパソコンなどで遺言書を作成し、「署名」「押印」をした上で、公証役場に提出する事になります。
手書きで作成しなくても良いというメリットはありますが、公証人が遺言の中身を確認しない為、記述内容に法律的な問題があれば、遺言書としての効力を発揮しないというデメリットも発生します。
また、公証役場にて手続きをしますから、公正証書遺言と同じく、公証人への手数料の支払いや2名の証人を手配する必要が生じます。
その割に、家庭裁判所の検認は必要となりますから、あまり利用者が多くないのにも頷けるでしょう。
要は、「遺言の中身は分かりませんが、確かに〇年〇月〇日には遺言書を作成してましたよ」と、その存在を公証人と証人2名が確認しただけという内容ですね。イメージとしては、「確定日付」と似たようなものかもしれません。
- 内容を作成者以外に知られる事が無い
- パソコンでも作成できる
- それなりの費用がかかる
- 家庭裁判所の検認が必要
- 証人2名を手配する必要がある
- 遺言書の保管は自分でする必要がある
遺言書作成が普及しなかった理由
このように様々な方法で遺言書を作成できるのですが、デメリットが多いため、これまで日本ではあまり普及してこなかったのが現実です。
その理由としては、やはり費用が高額となってしまう事が挙げられます。
公証役場で作成を依頼すれば手数料が必要となりますし、証人への謝礼も必要となります。
そこで、この費用を軽減するために自筆証書遺言を作成すれば良いのですが、記述内容に誤りがあれば遺言書としての法的効果が発生しない為、結局弁護士や司法書士などの専門家に依頼する事となり、「どちらにしてもお金がかかる」という理由から、遺言書作成に尻込みする人が多かったのでしょう。
こうした悩みに対応すべく制定されたのが、「遺言の新保管制度」という訳です。
遺言の新保管制度の内容とメリット
それでは、以下においてこの新たに施行される「遺言の保管制度」について見ていきましょう。
提出先は、全国にある法務局
公正証書遺言は公証役場に出向く必要がありますが、この新保管制度は法務局での受付となります。
基本的に、遺言者の住所地や本籍地などのある法務局に申請する事になりますが、不動産を所有していれば、その所在地のある法務局へ申請する事も可能です。
ただし、全ての法務局で対応していない事に注意が必要となります。
遺言書保管制度に対応している法務局は、法務省ホームページの「遺言書保管所管轄一覧」のページからご確認ください(2020年7月9日追記)
申請時には担当官(遺言書保管官)が遺言書に目を通し、書式通りに正確に書かれているかをチェックしてくれるため、「内容の不備を防げる」というメリットがあります。
これであれば、たとえ素人であっても抵抗なく遺言書を作成できますね。
また、2020年7月10日以前に作成した遺言書についても対応してくれます。
- 内容の不備を事前にチェックでき、誤りがあれば修正できる。
- 新制度スタート前に作成した遺言書にも対応。
原本を保管し、画像データも作成
法務局への申請によって受け付けられた遺言書は、その原本を保管してくれて、さらに同時に画像データも作成してくれます。
全て電子化しますので、仮に遺言者が東京の法務局で申請をしていたとしても、大阪の法務局で遺言書が保管されているかどうかを確認する事も可能となります(ただし、遺言者の死亡後)。
また同様に、遺言者の死亡後であれば相続人や受遺者等は、遺言書の写しの請求や、遺言書の閲覧をする事も認められるようになります。
更に、一人の相続人のみがこの遺言書の存在を知っていたとして、その相続人が法務局に閲覧の請求などをすれば、法務局は他の相続人に対して「遺言書が保管されていますよ」と通知してくれるため、「聞いていなかった」などという争いの予防にもなる利点もあります。
- 原本を保管してくれるため、紛失や改ざん等が防げる。
- 遺言者の死亡後に、相続人等は全国各地の法務局で遺言書の存在を調べる事が出来る。
- 上記同様、遺言者の死亡後であれば「遺言書の写しの請求」「遺言書の閲覧」が可能
- 相続人の一人が上記請求をすると、他の相続人にも通知が行われる。
家庭裁判所の検認が不要
これまでの自筆証書遺言では、必ず家庭裁判所の検認が必要となりました。
しかし今回の新保管制度では、担当官が遺言書の内容を事前に確認しているので、この家庭裁判所での検認が不要となります。
これだけでも、これまでより使い勝手が良くなったと言えますよね。
また、相続人は法務局に「遺言書の写しの請求」をする事で「遺言書の証明書」を発行してもらえるので、金融機関への申請も楽になるという利点があります。
- 家庭裁判所での検認が不要
- 各種申請においても便利
新保管制度の注意点
このように、何かと便利な「遺言書の新保管制度」ですが、幾つか注意点もありますので、そちらもお伝えしておきます。
本人以外の申請は不可
まずは「本人以外の申請が不可」であるという事。
この制度を利用する場合、弁護士や司法書士などに委任して申請する事は出来ません。
また、必ず本人が法務局へと行かなくてはなりませんから、病気などで出歩けない方などにとっての利用は難しいと言えます。
手数料がかかる
次が「手数料がかかる」という事。
この制度を利用するには、基本的に保管料としての手数料がかかってきます。また、証明書交付に対しても手数料がかかりますので、それなりの負担は必要となります。
ただし、現状はっきりとしたことは分かっていませんが、恐らく「保管料で数千円」「証明書交付で数百円」程度を想定しているようですので、それほど心配する必要はないかもしれません。
こちらについては、2020年7月10日までには確定すると思いますので、分かり次第、順次お伝えしていこうと思います。
2020年7月9日追記:手数料について
申請・請求の内容 | 申請・請求できる人 | 手数料 |
---|---|---|
遺言書の保管申請 | 遺言者 | 3,900円/件 |
遺言書の閲覧の請求(モニター) | 遺言者、関係相続人等 | 1,400円/回 |
遺言書の閲覧の請求(原本) | 遺言者、関係相続人等 | 1,700円/回 |
遺言書情報証明書の交付請求 | 関係相続人等 | 1,400円/通 |
遺言書保管事実証明書の交付請求 | 関係相続人等 | 800円/通 |
申請書等・撤回書等の閲覧の請求 | 遺言者、関係相続人等 | 1,700円/回 |
自筆証書遺言でないといけない
そして次が「自筆証書遺言でないといけない」という事。
この制度は、そもそも自筆証書遺言の利便性を高めようという理由で創設されたわけですから、公正証書遺言を対象としていません。
つまり、パソコンでの作成は認められず、必ず手書きで作成しなくてはいけないという事です(財産目録は別)。
相続税の計算は考慮されていない
そして最後が「相続税の計算は考慮されていない」という事。
こちらは当たり前と言えば当たり前ですが、あくまで担当官は「法的に有効な遺言書か」という事を判断するだけですから、相続税法上問題があるかどうかは考慮しません。
仮に遺言者が「妻にはこれだけ、長男・次男にはこれだけ」と考えて作成したとしても、逆にその内容が遺された人にとっては都合の悪い内容である場合も。
相続税がかからない程度の資産であれば問題ありませんが、ある程度の資産をお持ちの方は、やはり税理士と相談の上、遺言書を作成するようにしましょう。
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まとめ
ある程度の注意が必要とは言え、これまでの制度に比べれば、かなり利便性が高まったと言えます。これまで遺言書作成に踏み出せなかった方は、一度、検討されてみては如何でしょうか?
この制度についてさらに詳しく知りたい方は、法務省ホームページにてご確認ください。
ちなみに、「やっぱり専門家に相談したい」という方は、こちらの記事も参考にしてみて下さい。
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