「決算期変更」は、企業・会計事務所双方に便利な選択肢

日本国内における個人の確定申告は、毎年12月末で締めて、翌年3月の中旬くらいまでに申告するルールとなっていますが、これが法人の場合なら基本的に決算日はいつに設定しても良い事とされています。

しかし、日本企業の傾向としては3月末決算が非常に多いという特徴があり、その2か月後の5月末までに申告をしなくてはいけませんから、ほとんどの会計事務所がこの時期はかなり忙しい事で知られています。

顧問先企業の決算期を少しでも分散できれば、会計事務所の業務も効率化できるのでしょうが、これを顧客に提案するとなれば「それはそちら(会計事務所)の都合でしょ?」などと言われてしまう可能性があります。

顧客からしても、出来るだけ面倒なことはしたくありませんからね。

多くの会計事務所において、「顧問先に決算期変更をお願いできないだろうか?」などと定期的に議論されているようですが、あまり顧問先に対して強くお願いもできず、ほとんどの事務所が断念する傾向にあるようです。

しかしこの決算期変更、実は会計事務所だけに都合の良い話ではなく、顧問先である企業にとっても便利な選択肢となる場合があります。

その利便性を伝えれば、「それなら」と決算期変更に応じてくれる企業も多いかと思います。

そこでこの記事において、決算期変更を行う事で、企業と会計事務所にとってどのようなメリットがあるのかなどについてお伝えします。

目次

日本企業の決算期の割合

感覚的に「3月決算の法人が多い」というのは皆さんご存知かと思いますが、実際にどの程度の割合で3月決算法人が存在しているか正確な数字を把握している人は少ないかもしれません。

そこで以下に、国税庁が発表している「決算期別の普通法人数」というデータを基に、それぞれの月にどれくらいの割合で法人の決算期が集中しているのか見ていきましょう。

前提条件としては、「平成30年度(2018年度)データ」で、「普通法人の年1回決算企業」を対象としています。

決算期法人数割合
1月98,8243.6%
2月181,2986.7%
3月512,01918.8%
4月192,4867.1%
5月224,9248.3%
6月264,9859.7%
7月207,3637.6%
8月238,4428.7%
9月295,14710.8%
10月130,8044.8%
11月99,3953.6%
12月280,41110.3%
合計2,726,098100%

出典:国税庁

上記の数値を見て「あれ、想像してたほど3月決算は多くなかったな」と思う人もいるかもしれませんね。

実は現在、日本企業の決算期は以前よりも分散化しており、一時期は3月決算法人だけで20%以上の割合となっていましたが、現在では18.8%まで低下しています。

とは言え、1年を12ヶ月で割ると、一月当たりの割合は8.3%程度となりますから、依然として3月決算は平均の2倍以上の法人がひしめき合っているという事になります。

6月、9月、12月も意外と多い

上記の表を見ると、確かに3月期決算の法人数が突出していますが、よくよく見ると6月、9月、12月の法人もそれなりに多い事が分かります。

先ほどの表を、今度は割合の多い順に並べた表がこちら。

順位決算期割合
1位3月決算18.8%
2位9月決算10.8%
3位12月決算10.3%
4位6月決算9.7%
5位8月決算8.7%
6位5月決算8.3%
7位7月決算7.6%
8位4月決算7.1%
9位2月決算6.7%
10位10月決算4.8%
11位11月決算3.6%
12位1月決算3.6%
合計100%

 出典:国税庁

こうしてみると、3月>9月>12月>6月となっている事が分かります。「3の倍数」と言えば覚えやすいですね。この4ヶ月だけで、全法人の約5割の決算が集中していることになります。

決算期変更をするにしても、現在3月決算の法人が9月決算に変更するのであれば、会計事務所にとってはあまりメリットが無いようにも思えます。もちろん、その法人にとって9月決算にした方がメリットが多いのであれば、そうするべきでしょう。

集中するには集中するなりの理由がある

では、なぜこのように3の倍数に決算期が集中するかという事ですが、集中するには集中するなりの理由があるようです。

まず3月決算ですが、これは古くから続く日本の大企業のほとんどが3月決算法人であるため、その下請けを行っている中小企業などは、その元請けの決算期に合わせてきたという歴史があります。

では、そもそもなぜその大企業が3月決算に集中しているのかというと、これには諸説ありますが、その一つに「総会屋対策」という目的もあったようです。

多くの企業が3月決算となれば、株主総会も同じような日に集中するため、総会屋が自社の株主総会に乗り込んでくる可能性が低くなるという狙いだったのでしょう。

そのような背景から3月決算法人が増えたのですが、ここ数年は先ほどの表にも表れているように、徐々にその分散化が進んできているようです。

また、12月決算が多い理由も似たようなものであり、本社を日本以外に置いている海外企業などは12月決算とする傾向が強く、日本にあるその子会社や下請け会社などはその企業に合わせて12月決算にすることが多いようです。

例えば、日本国内でも人気の高い海外自動車ブランドですが、こちらもほとんどが12月決算となっており、同様に日本国内にある販売代理店も12月決算に合わせる事が多いようです。

ですから、いくら会計事務所が顧問先企業に決算変更を提案したとしても、「ウチは取引の関係上、難しいんだ」と言われれば、それは仕方のない事かもしれません。

少ないには少ないなりの理由もある

ここで、再度先ほどの表を見ると、全体で6位の5月決算が8.3%の割合となっており、それ以下の決算期はかなり低い数値となっています。

これを受けて「だったら、6位以下の決算期へと変更すれば良いのでは?」と考える人もいるかもしれませんが、事はそう簡単でもありません。やはり「少ないには少ないなりの理由がある」からです。

例えば、1月決算と11月決算がかなり少ない割合となっていますが、仮に1月決算にしてしまうと申告月が3月となってしまいますから、確定申告と重なってしまいます。これは会計事務所としても企業経営者としてもかなり忙しくなってしまいますから、出来れば敬遠したいところでしょう。

また11月決算の場合、申告月が1月となってしまいますから、年末休暇で連絡が取りにくくなることや、年末年始にかけての「年末調整」や「給与支払報告書」の提出などと重なってしまい忙しくなります。ですからこちらも企業、会計事務所共に避けたほうが良いでしょう(もちろん、事業形態によります)。

ですから、現在3月決算の法人が決算期変更をするのであれば、特段これといった理由もないのであれば、「4月」「5月」「7月」「8月」あたりが狙い目かもしれません。

6月決算も悪くはありませんが、申告月が8月となりますから、お盆休みなどの関係もあり意外とバタつくことがありますので当サイトではあまりお勧めしていません。

決算期変更をすることによる企業側のメリット

ここまで読むと、「なんだ、やっぱり決算期変更って、会計事務所だけに都合の良い話じゃないか」と思われる人もいるかもしれませんが、一概にそうとも言えません。

そこで、決算期変更をすることにより企業側にとってどのようなメリットがあるのかについても見ていきましょう。

資金繰りが良くなる

まず第一に「資金繰りが良くなる」という事。

もちろんこれは、新たに設定する決算期を十分に精査しなくてはいけませんが、企業によってはかなりの資金繰り改善に繋がります。

例えば建設業の場合、公共工事の受注をメインにしている企業であれば、3月決算となると5月に納税資金を借り入れる事が多くなります。

基本的に国や地方自治体が発注する工事というのは、「年度発注」という考え方があるため、出来るだけ3月末に工事が完了するように設定されています。しかし、予算を消化するために無理な発注をすることが多く、契約上は3月末の工事完了予定だとしても、現実的にはどう考えても4月末にしか終わらないような工事も多いのです。

すると、実質的に3月末には工事が完了していない為、決算書上は「未成工事支出金」や「売掛金」が多額となり、入金が6月もしくは7月になる場合があります。

この場合、建設業者は納税資金を銀行などから借り入れる事になり、仮に翌月に完済できるにしても、多少の利息は支払わなくてはならなくなります。これを仮に5月決算に変更すれば、それだけで資金繰りが改善し、更に言うとバランスシート(貸借対照表)もスリム化して、決算書の見た目もかなり良くなるという訳です。

特に建設業者の場合には、公共工事の入札において決算書の中身は重要となってきますから、決算内容の改善にも繋がるとなれば一石二鳥と言ったところでしょう。

決算書の見た目が良くなり、対外的評価が上がる

次が、「決算書の見た目が良くなり、対外的評価が上がる」という事。

先ほども少し触れましたが、建設業においては公共工事の入札において「経営事項審査」というものを受けなくてはならず、この審査によって得られた評点で参加できる工事の規模が変わってきます(別名「経審(けいしん)」)。

この評点には決算書内容が大きく反映されるため、決算期変更をするだけでかなり点数が上がる事もあるようです。

また、建設業ではないにしても、仮に小売店の場合でも決算期変更で決算書の内容が改善する場合があります。例えば、季節商品を取り扱っている企業で、その商品がほとんど5月に売れるとすれば、決算期が3月や4月の場合、どうしても棚卸残が増える事になり、決算書の見た目が悪くなります。

そこで、決算期を5月へと変更すれば棚卸残が減り、決算書の見た目が良くなって銀行の評価も上がるという訳です。

更に言えば、在庫が減るという事は、棚卸しにかける労力も減るという訳ですから、こちらも一石二鳥ですよね。

じっくりと節税について考える時間が増える

そして最後が「じっくりと節税について考える時間が増える」という事。

例えば、一年間の中で一番売り上げが増えるのが9月となる企業があるとしましょう。この場合、9月決算にしておくと節税に使える手段も限られてしまいます。

ある程度の売上予測があるにせよ、想定以上に利益が出てしまえば、決算期末までに出来る事もあまり多くはありません。そこで、この法人の決算期を8月にしてしまえば、年度の初めに売り上げが集中する事になり、残り1年かけてじっくりと節税に取り組むことが可能となります。

もちろんこの場合、決算書の見栄えが悪くなる事もあり、金融機関の評価が下がる可能性もありますが、そもそも借り入れを必要としていない企業であれば、こうした考え方も有効でしょう。

「たかが決算期変更」と思っている人もいるかもしれませんが、このように決算期変更をする事で、企業にとって様々なメリットがあるのです。

決算期変更をすることによる会計事務所のメリット

次が、決算期変更をすることによる会計事務所のメリットですが、これは敢えて述べるまでもなく、一番は「業務を分散化できる」という点に尽きるでしょう。

業務を分散化する事で、事務所職員の一人当たり顧問先件数も増やすことも可能となりますから、会計事務所にとってはかなり有難いですよね。

どうしても会計事務所の仕事というのは「労働集約型」となりがちですから、一部の月に決算期が集中してしまうとそこがボトルネックとなってしまいます。

会計事務所の一人当たり顧問先件数に関しては、こちらの記事も参考にしてみて下さい。

 

 

相続やM&Aなどを専門に取り扱う事務所にはあまり関係ないかもしれませんが、法人決算や個人の確定申告をメインの業務としている事務所であれば、出来る事ならクライアントに対して決算期変更を勧めたいところです。

お互いの交渉の仕方

このように、企業、会計事務所共にメリットの多い決算期変更ですが、行政に対する書類の提出や銀行などへの報告も必要となるため、それなりの手間も生じます。

「便利ですから決算期変更しましょう」と言われても、企業側からすると「やっぱり面倒だな」と感じる事も多いでしょう。

そこで、お互い譲歩するためにある程度の交渉をするのも良いかもしれません。

例えば企業側からすれば以下のような内容。

決算期変更の交渉内容(企業側)
  • 顧問料は通常通りだが、決算料は通常より割り引いてもらう。
  • 初年度の「各種申請」「決算料」については無料とし、後は通常通り。

「ある程度の痛みを伴うのだから、そこは多少考慮してね」と言ったところでしょう。

会計事務所側からしたら、業務を分散化できるわけですから多少は譲歩しても良いのではないでしょうか。

稀に、会計事務所の所長がかなり保守的で「決算期変更?そんなものする必要ありませんよ」などと言ってくる場合もありますが、この場合は税理士の変更を検討しても良いかもしれません。

 

 

とは言え、これが企業にとってのみ都合の良い決算期変更(例えば節税目的など)であれば、会計事務所としてもある程度は主張すべきだとも言えます。

これまで説明してきたように、決算期変更は何も会計事務所だけが得をする話ではありませんから、ここはお互いに言い分もあると思います。あまり自己の主張を強調し過ぎるのもいけませんが、何でもかんでも相手に従うというのもフェアじゃありませんよね。

決算期変更における注意点

それでは最後に、決算期変更における注意点についてもお伝えしておきます。

基本的に専門的な内容ばかりですから、企業側よりもどちらかというと会計事務所側に確認して頂きたい内容となっています。

例えば以下のようなもの。

注意点
  • 均等割の月割計算
  • 減価償却の月割計算
  • 法人税軽減税率の月割処理
  • 事業税の月割処理(軽減税率適用法人の場合など)
  • 消費税の免除期間
  • 一括償却資産
  • 少額減価償却資産の特例
  • 交際費・寄付金 など

この他にもありますが、意外と「国税は意識してたけど地方税は忘れていた」なんて事もありますので十分注意してください。

また、最近の会計ソフトは昔よりも進化していますが、あまり会計ソフトを過信しすぎると意外なミスが発生してしまうため、過度の依存は避けるようにしましょう。