弁護士が「健康保険料」を少しでも安く抑える方法

元来、弁護士と言えば個人事業所が当たり前でしたが、2002年の弁護士法改正により弁護士も法人を設立する事が可能となりました。

これにより、数多くの弁護士法人が誕生しましたが、それでも依然として個人事業所の比率は高いままとなっています。

法人と個人事業の事業上の違いは数多くあると思いますが、中でも「年金」「健康保険」に関しては、地味ではありますが結構気になるところ。

この取り扱い次第では、収入面で大きな差が生じます。

法人であれば年金は「厚生年金保険」、健康保険は「協会けんぽ」に加入する必要がありますが、個人の場合は選択肢が異なります。

例えば、弁護士の個人事業所における年金に関しては、これまで「国民年金」に加入する必要がありましたが、今後、事業所の規模によっては、厚生年金に加入する必要性も生じそうです。

そちらについて詳しくは、以下の記事もご覧になってみて下さい。

 

 

さて、年金に関しては上記の記事をご覧いただければと思いますが、健康保険に関しては、個人事業所であれば保険料を抑える方法が幾つか考えられます。

そこでこの記事では、弁護士の個人事業所を中心に、健康保険料を少しでも抑える方法についてお伝えしようと思います。

目次

個人事業主の基本は、「国民健康保険」に加入

まず前提として、弁護士などの士業に限らず個人事業主の場合であれば、基本は「国民健康保険」に加入する事となっています。

この国民健康保険は主に市町村が運営しているため、居住している地域によってその保険料率も変わっていきます(協会けんぽの場合は、都道府県によって異なります)。

社会保険(協会けんぽ)と国民健康保険の違いについて言えば、その内容を説明するだけでもかなり長くなりますからこの記事では割愛しますが、一番の違いを挙げるとすれば「扶養」という考え方があるかないかという点に尽きるかもしれません。

協会けんぽ加入者であれば、仮に家族が働いていたとしても、その家族の収入が一定額以下であれば扶養として取り扱うことができ、その家族は社会保険料を支払う必要がありません。

これに対し国民健康保険はこの扶養という考え方がありませんので、仮に家族が働いていたとしてその収入が少額であったとしても、その家族の収入も合算して保険料を計算しなくてはいけません。

この辺について詳しくは、こちらの記事も参考にしてみて下さい。

 

 

また、収入のないお子さんがいたとしても、「均等割額」という部分の計算上、その人数分の保険料が加算される事になります。

要は、国民健康保険は世帯全体で保険料を計算するという考え方ですね。

どちらも保険料の上限額はありますが、本人の収入額や家族の人数によっては、社会保険の方がお得な場合が多いでしょう。

保険料計算例
  • 年収1,000万円の会社員  - 協会けんぽ保険料、年間約58万円
  • 年収1,626万円の会社員  - 協会けんぽ保険料、年間約97万円(上限)
  • 所得1,000万円の自営業者 - 国民健康保険料、年間約96万円(上限)

※いずれも、東京都内在住の場合で、2020年1月時点の数値。

上記を見ると、会社員の年収(給与所得)と個人事業主の所得(事業所得)を単純に比べる事は出来ませんが、如何に国民健康保険の負担が大きいかがお分かり頂けるかと思います。

仮に、会社員の場合で本人の年収が1,000万円として、配偶者の年収が100万円であったとしても、健康保険料は58万円のままですが、個人事業者の所得が900万円で配偶者の所得が100万円であれば、国民健康保険料は上限値まで上がってしまうという事です。

また、この記事を執筆している時点(2020年1月)における、国民健康保険料の上限は年間約96万円となっていますが、この上限は年々引き上げられていますから、今後は更に負担が増える事になるでしょう。

弁護士であれば、まず「弁護士国保」を検討すべし

以上のように、何かと高額になり易い国民健康保険ですが、弁護士の方の場合はこれを簡単に安く抑える方法があります。それが、「東京都弁護士国民健康保険組合」に加入するという事。

これは弁護士であれば、ほとんどの方がご存知の制度でしょう。

しかしこの国保組合、メリットばかりという訳ではなく、もちろんデメリットも存在します。そこでそれぞれについて見ていきたいと思います。

メリット

まずはメリットについてから。

この国保組合に加入するメリットは、何と言っても健康保険料を国民健康保険より安く抑える事が出来るという事。

厳密に言えば、この「弁護士国保」も国民健康保険の類型に入りますが、前述した「市町村国保」とは異なり、所得による保険料の増減が無いという特徴があります。

ですから、いくら収入が高くなっても保険料は一定となりますから、収入が高い人ほどお得な制度だといえるでしょう。

ちなみに、保険料は以下の通りとなります(2019年度)。

被保険者保険料
40歳未満の組合員月額23,000円(年額276,000円)
40歳~64歳の組合員月額28,000円(年額336,000円)
40歳未満の組合員家族(一人当たり)月額11,500円(年額138,000円)
40歳~64歳の組合員家族(一人当たり)月額16,500円(年額198,000円)

 

上記でいくと、仮に被保険者(組合員)が独身で40歳未満の弁護士であれば、所得が1,000万円あったとしても、健康保険料は年額276,000円で済ませる事が出来ます。

国民健康保険の年間上限保険料が、約96万円であることを考えると、これだけで約70万円も費用を抑える事が出来るという訳ですね。

また仮に、40歳代の弁護士で配偶者も40歳代、小学生のお子さんが二人いたとしましょう。この場合の合計は「336,000円+198,000円+(138,000円×2人)」ですから、合計で810,000円となります。

これでも国民健康保険料よりは安く済ませる事が出来るという訳です。

デメリット

弁護士にとっては魅力的な「弁護士国保」ですが、同時にデメリットも存在します。

その一番のデメリットが、「加入できる弁護士に制限がある」という事。

実はこの「東京都弁護士国民健康保険組合」とはその名の通り、東京の弁護士会に在籍する弁護士しか加入できない事となっています。厳密に言えば、東京近隣の弁護士会所属でも加入できますが、それ以外の弁護士会所属では加入できないという事です。

対象となる弁護士会は以下の通り。

対象の弁護士会
  1. 東京弁護士会
  2. 第一東京弁護士会
  3. 第二東京弁護士会
  4. 神奈川県弁護士会
  5. 千葉県弁護士会
  6. 埼玉県弁護士会

更に、加入できる条件は以下の通り。

組合員として加入できる条件
  1. 上記のいずれかの弁護士会に所属する弁護士
  2. 上記のいずれかの弁護士会に所属する外国法事務弁護士
  3. これらの法律事務所に勤務し従事するもの
  4. 上記組合員の同一住所家族

いくら弁護士が関東近辺に集中しているとは言え、これら以外の弁護士会に所属する弁護士にとっては残念な内容ですね。

また、上記の条件を満たしていたとしても、居住地の要件もありますから注意が必要です。

居住地の要件

※以下のいずれかに住所を有していなければならない。

  • 東京都全域
  • 埼玉県全域
  • 千葉県全域
  • 神奈川県全域
  • 茨城県の一部(水戸市、土浦市、笠間市、取手市、牛久市、つくば市、守谷市、筑西市、神栖市)
  • 栃木県の一部(宇都宮市、小山市、那須塩原市)
  • 群馬県の一部(高崎市)
  • 新潟県の一部(長岡市)
  • 山梨県の一部(大月市、北杜市)
  • 長野県の一部(下高井郡山ノ内町)
  • 静岡県の一部(静岡市、浜松市、熱海市、三島市、富士市、田方郡函南町、駿東郡長泉町)
  • 愛知県の一部(名古屋市、刈谷市)
  • 京都府の一部(京都市)
  • 大阪府の一部(大阪市)
  • 福岡県の一部(北九州市)
  • 沖縄県の一部(島尻郡与那原町)

上記を見ると、居住地の条件が全国各地に散らばっていますから、この居住地要件に関しては柔軟性があると言えます。

恐らく、所属する弁護士会は関東にあったとしても、家庭の事情などで地方に住所を置かなくてはならない弁護士の為に、上記のような対応をしているのでしょう。

しかし現実的に言えば、例えば沖縄に住所があり、勤務先が関東であるというのは通勤が可能な距離とは言えませんので、やはり関東圏以外に居住する弁護士が利用するには難しい制度だと言えるでしょう。

また、この弁護士国保のもう一つのデメリットとして知っておきたいのが「保険料の上限が無い」という事。

独身者にとっては便利な制度ですが、大家族の場合であれば保険料の上限が設定されている国民健康保険に加入する方がお得だと言えるでしょう。

 

弁護士国保以外にも方法はある

「東京近郊の弁護士しか加入できない」「大家族には不利」など、弁護士国保はあまり使い勝手が良いとは言えないかもしれません。

しかし、弁護士国保に加入しなくても、一部の弁護士であればその他の方法で健康保険料を安くすることが出来ます。

その方法というのが、「税理士国保に加入する」という方法。

一般的に、税理士として登録するためには税理士試験に合格する必要がありますが、弁護士であれば税理士試験に合格する事なく税理士に登録する事が出来ますよね。そこでとりあえず税理士登録をしてしまえば、この税理士国保を利用する事が出来るようになるという訳です。

「健康保険の為に?何だかせこいなぁ~」と考える人もいるかもしれませんが、これが結構お得なのです。

もちろん、税理士に登録するためには「登録費用」や「年会費」を支払う必要がありますが、それを支払ってもお釣りが出るくらいです。

例えば、税理士の初年度登録費用はおおよそ「30万円」程度かかりますが、2年目以降は10万円から15万円程度の年会費の支払いのみで済ます事ができます(支部によって金額が異なります)。

また、実はこの税理士国保、加入する組合によっては弁護士国保よりも保険料が安くなる場合もあるのです。これは、弁護士よりも税理士の方が登録者人数が多い事も理由にあるのかと思います。

現在、日本国内にある税理士国保は「関東信越税理士国民健康保険組合」「近畿税理士国民健康保険組合」の二つのみとなっているため、前述したように、「一部の弁護士であれば」と付け加えている訳ですが、このいずれかの組合に加入できる地域に住んでいるのなら、検討する価値はあると言えます。

それでは、それぞれの加入条件などについても見ていきましょう。

関東信越税理士国民健康保険組合

まずは「関東信越税理士国民健康保険組合」から。

こちらの加入条件は以下の通り。

加入条件
  1. 関東信越税理士会に登録のある税理士
  2. 上記に加入している事業主のもとで勤務する「勤務税理士」「職員」
  3. 上記組合員の同一住所家族
関東信越税理士会の範囲
  1. 茨城県
  2. 栃木県
  3. 群馬県
  4. 埼玉県
  5. 新潟県
  6. 長野県

上記を見ると弁護士国保と重複する地域もありますが、新たに「茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県」の5県が選択肢として増えています。ですから、上記地域にお住いの弁護士の方は、この「関東信越税理士国民健康保険組合」に加入する事を検討してみては如何でしょうか。

また、この国保組合の利点として「保険料が安い」という点も見逃せません。

こちらの保険料は以下の通り。

被保険者保険料
40歳未満の税理士、勤務税理士月額29,200円(年額350,400円)
40歳~64歳の税理士、勤務税理士月額33,400円(年額400,800円)
40歳未満の職員月額18,200円(年額218,400円)
40歳~64歳の職員月額22,400円(年額268,800円)
40歳未満の組合員家族(一人当たり)月額11,200円(年額134,400円)
40歳~64歳の組合員家族(一人当たり)月額15,400円(年額184,800円)

 

上記を見て、「何だ、弁護士国保より高いじゃないか」と感じる人もいるかもしれませんが、内容をよく見てみると、確かに独身者にとっては不利かもしれませんが、家庭を持つ人にはお得な制度だと言えます。

例えば仮に、加入者本人が40歳代、配偶者も40歳代で小学生のお子さんが二人いるとします。弁護士国保の場合は合計で年額810,000円となりましたが、この関東税理士国保ですと854,400円となります。

これでいくと、確かに弁護士国保の方が安くなりますよね。しかし、この関東税理士国保の優れた点は「賦課限度額に上限がある」という事。

こちらは月額の1世帯当たり上限が66,000円となっていますから、年間の上限が792,000円になります。ですから、家族が多ければ多いほどお得な制度になるという事です。

確かに、「それ以外に、税理士会への年会費負担もあるだろう」という声も聞こえてきそうですが、これ以外にも利点があります。

それが、「職員の保険料負担が抑えられる」という事。

先ほどの弁護士国保は、資格者であろうと無資格職員であろうと保険料は同額となっていました。しかしこの関東税理士国保は、職員の保険料がかなり安く設定されています。

更に言うと、勤務税理士及び職員が負担する保険料は、「半額を事業主負担」となっていますから、雇用される側からするとかなり有難い制度となっています。

確かに事業主の負担は増えますが、職員の手取り額が増えるため、事業所全体として見ればお得な制度ですし、またそういった利点を生かし、優秀な人材を受け入れやすいというメリットも発生するでしょう。

 

近畿税理士国民健康保険組合

そして次が「近畿税理士国民健康保険組合」

こちらもその名の通り、近畿税理士会に所属する税理士を対象とした国保組合となっています。

こちらの加入条件は以下の通り。

加入条件
  1. 近畿税理士会に所属する税理士
  2. 上記税理士事務所に勤務する「勤務税理士」及び「職員」
  3. 上記組合員の同一住所家族
近畿税理士会の範囲
  1. 大阪府
  2. 京都府
  3. 兵庫県
  4. 奈良県
  5. 和歌山県
  6. 滋賀県

この他、居住地要件もありますが、基本的に上記の範囲にお住まいであれば加入できる事になっています(三重県の一部も可能)。

こちらの保険料は以下の通りとなっています。

被保険者保険料
40歳未満の税理士月額32,100円(年額385,200円)
40歳~64歳の税理士月額36,900円(年額442,800円)
40歳未満の勤務税理士月額25,100円(年額301,200円)
40歳~64歳の勤務税理士月額29,900円(年額358,800円)
40歳未満の職員月額18,100円(年額217,200円)
40歳~64歳の職員月額22,900円(年額274,800円)
40歳未満の組合員家族(一人当たり)月額11,100円(年額133,200円)
40歳~64歳の組合員家族(一人当たり)月額15,900円(年額190,800円)

 

この近畿税理士国保の特徴は、「税理士、勤務税理士、職員」と保険料を細かく分けているところにあると言えます。こちらも雇用される側からすると有難い制度ですね。

また、従業員の保険料は事業主と折半で支払いますから、関東税理士国保と同じく、従業員の手取りは増える傾向にあります。

ただし、この近畿税理士国保のデメリットは、「賦課上限が無い」事が挙げられ、大家族にはあまり向かない制度かもしれません。その場合、国民健康保険に加入する方がお得だと言えるでしょう。

 

各国保組合の比較

以上をまとめると、弁護士が健康保険額を抑える方法としては、上記のいずれかの国保に加入する事が挙げられますが、それぞれメリット・デメリットがありますから、「自分はどれを選択すればお得なのか?」についてよく考える必要があります。

比較するポイントとしては、以下の通りとなるでしょう。

弁護士国保関東税理士国保近畿税理士国保
事務所所在地(南関東)
事務所所在地(北関東+信越)
事務所所在地(近畿)
賦課上限
職員の保険料
労使折半

 

以上から考えると、弁護士本人が独身で職員も少なければ弁護士国保がお得ですし、ある程度の職員数があるのならば税理士国保がお得になります。

ただし、関東税理士国保以外は賦課上限がありませんから、大家族であれば国民健康保険に加入する方がお得だと言えるでしょうね。

まとめ

このように、何かとお得な国保組合ですが、いずれの組合も年々保険料が上昇していますから、今後もお得だとは言い切れません。

この記事は、2020年1月時点の情報を基に作成しているため、今後の改定次第によっては、国民健康保険に加入したほうがお得になるかもしれませんね。

ちなみに、「弁護士が税理士登録すると、何かと面倒な仕事が増えて嫌だ」などと考える方もいるようですが、あまりそこは気にするほどでもないと思います。

むしろ、今後は弁護士も差別化が必要な時代となりますから、仮に「税務に強い弁護士」となれば、税務訴訟などの引き合いも増え、事務所運営にとってもプラスに働く可能性もあるでしょう。